ローマで夜だった<Era Notte a Roma> (60年伊) |
||
<スタッフ> 制作 監督 原案 脚色 撮影 美術 音楽 <キャスト> エスペリア 英陸軍少佐マイクル・ペンバトン ソ連戦車隊軍曹フョードル レナート 独陸軍大佐フォン・クライスト男爵 米空軍中尉ピーター・ブラッドレイ アントニアーニ公爵 その息子アウグスト 医師コスタンツィ |
フランコ・マーリ ロベルト・ロッセリーニ セルジョ・アミデイ セルジョ・アミデイ ディエーゴ・ファッブリ ブルネロ・ロンディ ロベルト・ロッセリーニ カルロ・カルリーニ フラヴィオ・モゲリーニ レンツォ・ロッセリーニ ジョヴアンナ・ラリ レオ・ゲン セルゲイ・ボングルチュク レナート・サルヴァトーリ ハンネス・メッセマー ピーター・ポールドゥィン パオロ・ストッパ フランコ・ロッセリーニ エンリコ・マリア・サレルノ |
「ロベレ将軍」(59年度ヴェニス映画祭グラン・プリ受賞貫作)でみごとにカムバックした
イタリア映画界の鬼オロベルト・ロッセリーニが、伊・英・ソ・独・米の国際スターを起用し、
前作の題材をさらに発展させて監督した話題の新作である。
物語は、第二次大戦末期の1943年秋、北伊のナチ捕虜収容所を脱走した英・米・ソの3軍人が、 美しいローマ娘によってローマに潜入し、市民と協力しながら激烈なレジスタンス運動に挺身し、 ついに連合軍のローマ入城を迎えるまでの9ヵ月間を、実話にもとづいて描いている。 波瀾万丈の事件の起伏、ロッセリーニ独壇場のスリルとサスペンスの構成、そして何よりも、 その暗黒の夜″の時代における国境を越えたヒューマニズムと限りない平和への希求は、 見る者を感動させずにはおかない。 このシナリオは、伊映画脚本界の第一人者セルジョ・アミデイ(「無防備都市」 「戦火のかなた」「ロベレ将軍」)、イタリア文壇の逸材ディエーゴ・ファップリ、 (「掟」「ロベレ将軍」)新鋭プルネロ・ロンデイ (甘い生活)、それにロッセリーニの 4人が協力して作った。撮影は「ロベレ将軍」のカルロ・カルリーニの担当。音楽は「無防備都市」 いらいロッセリーニの全作品を受け持った実弟レンツォ・ロッセリーニの作曲で、 彼はこの映画によって60年度サンフランシスコ映画祭の最優秀音楽賞″を受けた。 主演者は、現在イタリア映画界きっての人気女優で「ロベレ将軍」 (ペテン師デ・シーカの情婦役)に出演したジョヴァンナ・ラリ、彼女は本映画によって 60年度カルロヴィ・ケァリ(チェコ)映画祭の審査員特別賞″と、同年度サンフランシスコ映画祭の 最優秀主演女優賞″を獲得する名演技を示している。それから、知的な性格俳優として 英米映画界で活躍中のレオ・ゲン、「オセロ」「人間の運命」で国際的なソ連俳優セルゲイ・ボンダルチュクが ロッセリーニに乞われて自由国家の映画に初出演するという画期的なトピックがあるほか、 「若者のすべて」で一種わが国にも知られるに至ったイタリア若手男優ナンバーワンのレナート・サルプアトーリ、 「ロベレ将軍」で名演技を示したドイツ俳優ハンネス・メッセマーが再び登場する。 これら国際色ゆたかな顔ぶれのほかにも、「カルタゴ」「若者のすべて」などの名優パオロ・ストッパ、 「激しい季節」のエンリコ・マリア・サレルノ、ロッセリーニの甥のフランコ・ロッセリーニたちが特別出演している。 「ローマで夜だった」は、60年1月17日から「ロベレ将軍」と同じく殆んどローマの チネチッターで撮影された。 | <梗概>
1943年の秋、第二次大戦も末期に近づいた頃、美しいローマ娘のエスペリアは、
食糧の闇南売をして、ひとりで暮していた。勝ち気で快活な彼女には、
やっと手に入れた食糧品をどうさばくかということだけが関心のまとであった。
ある日、例によってエスペリアは、2人の仲間と修道女に変装して、 いなかへ買い出しにでかけた。ところが、食糧品を安く手にいれるために、 農家の納屋に隠れている3人の連合軍捕虜を、つれて帰らねばならない羽目におちいってしまった。 この3名は、英陸軍少佐マイクル・ペンバトン米空軍中尉ピーター・ブラッドレイ、 それにソ連戦車隊軍曹フョードルで、北イタリアの独軍捕虜収容所を脱走して ここの農家の納屋にひそんでいたのである。 連合軍捕虜をかくまった者は銃殺刑に処すというドイツ軍の布告は、 イタリア人の頭にしみこんでいるので、エスペリアにしてみれば、一刻も早く彼らから離れたかった。 だが事のなりゆきで、彼女らは3人の捕虜をトラックに乗せてローマに戻った。 しかし、アメリカ軍将校ピーターの脚の負傷が悪化しているので、エスベリアは いやいやながちも、さしあたり屋根裏部屋を3人に提供した。その夜から、3人の脱走者の ローマ潜伏生活が始まった。 翌日、ピーターの治壕にあたった医師コスタンツィと、エスペリアの恋人のレナートは、 ピーターの傷が全治するまで3人をかくまってやるように、エスペリアを説得するのだった。 幾週間がすぎた。英米ソの3人の脱走者たちは、つぎつぎに進展する戦況を屋根裏のラジオで聞き、 またドイツ軍占領下のローマの鼓動をひしひしと身に感じていた。彼ちは、クリスマスの夜を期して エスペリアの家を離れる手はずをきめた。 暗いローマの街にもクリスマスがやってきた。屋根裏でも、エスペリアとレナートを迎えて、 ささやかな祝宴が張られた。ありあわせのクリスマス・プレゼントの交換……フョードルの感動的な祝辞 ……螢の光″の合唱……言葉は通じなくても、国境を越えた人間愛のぬくもりが、 彼ら5人の胸のうちに深くしみわたるのであった。……やがて真夜中の鐘の音を合図に、 一同は次の隠れ家に向った。 そこは、レナートやコスタンツィ医師たちが、秘密裡に手榴弾を製造している地下工場であった。 エスペリアは、恋人やその同志たちが、危険きわまりないレジスタンス運動に身を捧げているのを知り、 ようやく事態の重大きをさとった。・・・ (120分) |